建物滅失登記
建物を取り壊したり、被災したり、焼失したり、建物が無くなったときにする登記です。
滅失が生じてから1ヶ月以内に行う義務があります。
事例を紹介していますので、参考になれば幸いです。
心に残った建物滅失登記の事例
ア)登記の依頼
Nさんのご親戚で定年間近の方が、家を新築され、私に建物表題登記の依頼がありました。Nさんは社会保険労務士さんで、私と同じ倫理法人会の仲間です。仕事に関しても、何かと気遣っていただいております。
建物表題登記というのは、家を新築した際に行う登記のことです。家を新築したばかりでは、その建物に登記は備わっていません。土地家屋調査士が建物を測量して図面を描き、建物の種類、構造、床面積を登記して、初めて登記簿が発生することになります。この最初に行う登記を表題登記といい、建物新築の場合、建物表題登記といい、新築してから1ヶ月以内に行う義務があります。
通常、建物を新築した場合、登記の流れは、土地家屋調査士による建物表題登記、司法書士の先生による、所有権保存登記、融資がある場合にはこの後、抵当権設定登記と流れていきます。融資を受けるにしても、まずは建物表題登記、ということになります。
Nさんからは、相手の方に連絡を入れて、直接会っていいと言うことでしたので、すぐにお会いし、内容を確認しました。
故郷の熊本に家を建て、定年まで2年あるので、家族とは離れてその間単身赴任とのことでしたが、新しい我が家が出来て、満足されている様子が、顔の表情から読み取れました。
建物に関して、関係する書類を見せていただき、そのうち、建築確認通知書、(これは建物の種類、構造、床面積を出す資料となります。)建設会社が用意した工事完了証明書(これは建物の権利が、建設会社から施主の人へ、所有権が移ったことの証明になります。)の二つをお預かりし、住民票も用意していただく必要があります。この施主の方は単身赴任をされていますで、住所をどうするのか確認いたしました。
通常の個人住宅の場合、住宅用家屋証明書を取ると、登録免許税が半額になります。この制度を利用するのには、その家に間違いなく住むこと、すなわち住民票がその家と同じところにあることが要件となります。今回の施主さんの場合、仕事の関係上、住民票を移すのは難しい様子でした。
「登録免許税はいくらになるのですか?」施主さんからそう聞かれました。
登録免許税は、司法書士の先生による所有権保存登記をする際に計算します。所有権保存登記の登録免許税は、当時は、建物評価額の1000分の6、現在は特例で、1000分の4(平成23年3月31日まで)ですが、住宅用家屋として認められると、半額の1000分の3、現在は1000分の1.5となります。今回融資はありませんが、抵当権設定の登録免許税も半額となりますので、ぜひとも活用していただきたいとお勧めしました。
以下に現在の税率で、所有権保存登記の登録免許税の計算をしてみます。
居宅 木造、延べ床面積160㎡の場合 1㎡の評価額 62,000円
62,000円 × 160㎡ × 4/1000 ≒ 39,600円
上記が、専用住宅と認められると、
62,000円 × 160㎡ × 1.5/1000 ≒ 14,800円
となります。
「それくらいの違いなら、適用を受けなくてもいい」とおっしゃったので、住民票は現在のO市の住民票を用意してもらうことにしました。
エ)法務局での資料調査
法務局へ行って、敷地の状況を調べるために、地図、地積測量図、敷地の登記事項証明書などを請求し、併せて登記簿上、その土地に建物が建っていないかどうかを確認するために、その土地の地番と同じ家屋番号の建物の登記事項証明書を請求しました。ある筈はないので、あくまでも念のためでしたが、建物の登記事項証明書が出てきたのです。建物滅失登記もしないといけないなと思ったのですが、ここに前の建物があるはずはないのです。なぜなら...、
オ)地目は畑
今回申請の建物敷地の地目は畑、農地転用許可を受けて土地を購入し、そこに家を建てたのですから、今までこの土地に家が建ったことは、一度もないのです。しかもその建物の新築年月日は...、
カ)文久2年?
しかもその建物の新築年月日は、文久2年(西暦1862年)の日付、幕末に建った建物です。
登記と云う行為が法律上明確になったのは、不動産登記法が出来てからですが、この法律の施行日は、明治32年2月24日、それよりは遙か前の建物、一体どうなっているのだろう? そう思いながら私は、今の登記簿の前の記録である、閉鎖登記簿を請求しましたが、詳しいことは分かりませんでした。
日本の登記簿は、土地と建物は別に備わっています。ですから土地と建物の関連が、登記簿からだけでは分からないことが多いのです。登記簿そのものが出来る前の土地台帳の記録を請求しましたら、「同じ地番が二つあります」と、法務局の職員が教えてくれました。
キ)謎を解くヒント
「どちらの記録が必要ですか?」法務局の職員が聞きますので、「両方下さい」と、お願いしました。土地台帳記録は無料で交付してくれますが、ある程度専門的なことが分からないと、読み込むのは難しいかも知れません。両方の土地台帳を読み比べると、同じ大字地域ですが、小字の名称が違っていますし、地目も違っています。どうやらここにこの謎を解くヒントがありそうです。
ク)大字小字
土地の所在は現在、熊本市○○何丁目○○番とするところが多いのですが(住居表示とは違います。)、以前は大字毎にまとめられ、大字のいくつかが集まって○○何丁目となっているようです。私の住所は熊本市花園7丁目ですので、私が住んでいる土地の所在は、熊本市花園7丁目○○番17としますと、以前は、熊本市花園町大字A小字甲○○番17という風に地番が登記されます。Aという大字の中に、小字が甲、乙、丙、丁、某と、いくつもある訳ですが、Aという大字の中であれば、地番は重複しない番号が付されているのが通常です。Aという大字の中にある小字が甲には1番から200番、小字が乙には300番から400番、丙は500番からといった風に。
ですが今回の場合、同じ大字地域の中に、全く同じ地番が付されている小字があったのです。紛らわしいと云うよりも、手続き上のミスを誘発しやすいので、このような地番の付し方をしてはいけないと思うのですが、何故そうなったのかは分かりません。
ケ)閉鎖地図
土地台帳にある小字を手がかりに、閉鎖地図を閲覧しました。法務局の備え付けの地図は、法14条地図といいまして、測量に基づいて作製されていますが、今の地図が作られる前は、明治時代に字毎に字限図という図面が作成され、(通常、字図と呼んでいます。)それが地図の代用を務めていました。現在も地図が出来ずに、字図で地図の代用をしている地域はかなりあります。
明治の最初に出来た和紙の字図は、その後ケント紙、透明なビニール製の物と、何度か変わっていきました。今使っている地図の前の物を閉鎖地図と言い、現在の状況が混乱しているときは、過去にさかのぼって原因を調べることは、別に珍しいことではないのです。
閉鎖地図、畳半分くらいの広さでしょうか、何枚かめくっている内に、申請地の閉鎖地図と少し離れて、全く同じ地番の付された閉鎖地図が出てきましたが、土地の形状は全然違います。
土地台帳から現在の登記簿に移行する際、同じ地番と云うことでの転記ミスがあったものと思われますが、本当にそうなのかどうかは、現地へ行って、調べてみないと分かりません。
コ)建物滅失登記を決意
施主さんに事情をお話しし、建物滅失登記をするかどうかをお聞きしました。
「今のままでも建物表題登記は出来ますが、登記簿に幽霊のような登記が残っていると、後々で何か問題が起きてくるとも限りませんし、分かった時点で、早めに手を打っておいた方がいいと思います。」とお話ししました。今回融資はありませんが、この状態で銀行の融資は、少し難しいかも知れません。施主さんの責任ではないので、何ともお気の毒ですが、法務局に文句を言っても、すぐには(職権では)対応してくれないでしょう。建物滅失登記というのは、一つの権利をなくする登記ですので、責任は非常に重いのです。
施主さんから、手続を進めてもいいと言っていただきましたので、問題になっている地番をゼンリン地図で調べ、建物の登記簿に出てきた方と同じ姓でもあったので、多分関係している人ではないかとお話ししました。施主さんによればこの人は、同じ町内の人で、お付き合いはないが、顔は知っているそうです。そうであれば、いつか一緒に行ってもらえないかとお話ししました。私が1人で行ってもいいのですが、施主さんと一緒に行った方が相手の方も安心しますし、協力をお願いしやすいのです。
サ)相手方を訪問
施主さんは単身赴任で、熊本にはそう永く滞在できないので、後のことはNさんに任せておくと言うことでした。Nさんが日取りを調整してくれて、すぐに相手の方の家に伺いました。いきなり見知らぬ人間が行って、文久2年の建物がどうのこうのと言ったら、相手はどんな気持ちになるだろうと思うと、気が重くなりますが、そこはNさんが同じ町内で、顔見知りでもありましたので、上手く世間話で場を和らげてくれました。「...、今日お伺いいたしましたのは、お願いがありまして...、」Nさんがそう言って、私に目配せをしてくれました。
シ)先祖の名前
「何故か分かりませんが、文久2年に建った建物の登記が残っていまして...、A山B平さんという方のお名前が出てきたのですが...、」私がそう言うと、
「ああ、その人なら知っている」と、ここの当主は、いとも簡単におっしゃったのでした。
「ええ?」あっけにとられて私は、相手の方をしみじみ見やりました。こちらのご先祖に間違いないのだそうです。B平さんから続くこの家の家系を話していただきましたが、当主の口から、ご先祖の名前が次々と出てくるのには驚きました。
B平さんから何代かはこの家は栄えたそうですが、その後病弱なご先祖がいらして、その代に家が傾きました。次の代の人が頑張って家を盛り返してくれて、今に至るのだそうです。何代かのご先祖の名前を次々と、懐かしそうに語られましたが、考えてみれば、目の前の当主が、それらのご先祖様に会っているはずはないのです。倫理法人会では墓参りの実践、親につながる実践、祖先につながる実践を教わりますが、、こういう祖先へのつながりがあるのかと、鳥肌が立ちました。
ス)謎の解明
何はともあれ、これで謎が解明しました。こちらの家の登記簿が、何らかの手違いで、施主さんの土地の所在に登記されていたのです。戦後の一時期、この地域一帯で地番の変更がなされており、そのときの転記ミスではないかともおっしゃっていました。
当主は建物滅失登記への協力を約束してくれましたが、「けれど、どの建物だろう?」と、首をかしげていました。百数十年前の建物です、今もあるのかどうかは分かりません。
私はバッグから閉鎖登記簿を取り出し、「建物の種類が、納屋から店舗になって、そこで終わっていますね...、こちらでお店を出されていたことはありますか?」とお聞きしました。
「ああ、その建物なら、2年前に台風が来て、壊れてしまった。この家に入って来るとき、右の方がタタキになっていたでしょう。あそこにあったんだよ。」
「最近までですか? ずいぶんと使われていたんですね」幕末からつい最近まで、こんなに永い間、良く家が持ったなあと感心しました。立派な建物だったのでしょう。
セ)工事人の証明書
建物滅失登記をするときには、建物解体の業者さんから、建物滅失証明書というのを発行してもらいます。そちらに印鑑を押してもらって、印鑑証明書と一緒に提出して手続を進めるのです。
「台風で壊れた後の処理は、どこに頼まれましたか?」処理をした業者の人から証明書を発行してもらおうと、お聞きしました。
「後片付けは自分たちだけでしたつたい。台風がきれいに片付けてくれて、他所に頼まなくても、自分たちだけで片付けが出来た」とおっしゃいました。
「じゃ、工事人の証明書は発行できませんね。登記をするときにはその旨、調査報告書に記載して手続をしますので、大丈夫です」
ソ)家の栄え
こちらの家を出るときには、とてもすがすがしい思いで失礼することが出来ました。あんなにご祖先を大事にされているからこそ、今があるんだろうな、家が栄えて行くんだろうなと思いました。Nさんから教えてもらいましたが、こちらの当主は農家で、毎年品評会で最優秀賞を受賞されるなど、地元の農家でも、有名な方なのだそうです。何となく頷けます。
タ)工事人は台風?
登記をする準備は出来ましたが、事情が少しばかり混み入っていますので、申請する前に法務局で、担当と打ち合わせを行いました。
土地台帳や閉鎖地図を見せて今までのことを話し、「多分転記ミスでしょう」と言いました。「そうでしょうね」と、担当の職員もすんなりと理解してくれましたが、工事人の証明書を添付出来ないかと言いました。「台風がきれいにしてくれて、ご家族だけで後片付けをされたそうです。」と話しましたら、
「工事人は台風か...、台風じゃ証明書、出してくれないなあ...、」と言いますので、私は、「台風が、どうやって印鑑を押しますか?」と言いました。当主は、「台風がきれいに片付けて行った」と私に言っておられましたが、このご家族の人柄やご先祖のお守りがそうさせているような気がします。それにしてもこの担当官、面白い。私もちょっと調子に乗りすぎていたかも知れません。
担当が変わると、事情を、また一から説明しなければならないので、登記申請をするときには、この職員に担当してもらうよう、付箋を貼って申請して下さいとのことでした。
チ)登記の完了
今回の登記申請の順序は、建物滅失登記、建物表題登記、それと、畑を造成して家を建ててありますので、土地地目変更登記の3件の申請となります。建物表題登記のあとは、司法書士の先生に、建物の所有権保存登記をお願いして、私の任務はこれで終了です。
施主さんの責任ではないところで追加の登記が発生してしまいましたが、周囲の協力が気持ちいいくらいにあって、終わってしまうと、とても心地よい風が吹いていました。
*今回の事例に際しては、土地の所在や地目、個人名等、多少事実とは異なっています。ご了承下さい。
建物滅失登記に関しまして、何か不明な点などございましたら、一度ご相談下さい。
